9/12/2024

【ホアヒン】プリンスたちの見た景色

君は雨を見たかい。そんなタイトルの有名な曲がある。CCRというバンドがヒットさせた往年の名曲である。それを洒落て、かなり若い時に「君は海を見たかい」という曲を書いたことがある。世界は海でつながっていて、君が今見ている海のずっとむこうにも他の誰かが見ている同じ海の景色があるんだ。そんなたわいのない歌詞だったが、自分が作った曲の中ではわりと好きな曲だった。

2020年からバンコクに住み始めておおよそ2年経った頃に、タイ国政府観光庁のメディアトリップに参加してホアヒンの海を訪れる機会があった。もともと海辺の街で幼少期から二十歳すぎまでの多感な時期を過ごしたこともあり、海はアクティビティのためにあるというよりも、その存在感を感じるだけで安心できる情景のようなものだと思っている。ホアヒンは僕のそんな気持ちにぴったりと寄り添ってくれるような素敵な海だった。

ホアヒンは広く知られているように、王室の保養地として古くから栄えてきたリゾート地。プラチュアップキリカン県というなんだか舌をかみそうな名の県に属し、美しく静かなビーチと共に歴代王の凝った造りの離宮などが有名だ。ビーチ沿いにはラグジュアリーな高級ホテルが建ち並び(とはいってもとても控え目に建ち並んでいる)、名門ゴルフコースやワイナリーなどもあって、「優雅なタイの休日」を過ごすには十分すぎるロケーションが揃っている。バンコクからは自分で運転するクルマでもおよそ3時間ほど。東京都内に住んでいる人が、ちょっと頑張って伊豆にでも出かける感覚でアクセスできるところもいい。

さて、メディアトリップで訪れた二度目のホアヒンは、当時新しくできたばかりの「The Standard Hua Hin」に宿泊した。これが素晴らしいホテルで、個人的な好みもあると思うが、いくつかの低層の建物で構成されたリゾートホテルで、高級ホテルにありがちな威圧感がないところがとても気に入った。オープンエアのレセプションでチェックインを済ませると可愛らしい木製のカードキーを渡され、ホテルの敷地の中へと進む。海辺らしい大きな葉の植栽の間を抜けると宿泊棟がある。敷地内にはペットを同伴できるヴィラもあり、そこには長期滞在している欧米人の家族が何組か泊まっていた。

部屋は各階とも外に面した通路沿いにレイアウトされていて、なんだか地中海あたりにありそうなビーチリゾートホテルの様式に似ているし、海の匂いや風を感じながら自分の部屋にアプローチできるのもなんだかわくわくする。きっとこのホテルを設計した人は相当な海好きで、海のそばで過ごすことの本来の醍醐味を知っている人なのだと思う。部屋はいたってシンプルで清潔感に溢れている。そして何よりも外光がたっぷりと入る大きな窓が嬉しい。インテリアは白と淡いオレンジでコーディネートされていて、高級なカジュアルといったイメージ。まあ、こんなロケーションで過ごしていて部屋にじっとしていることもないだろうから、雰囲気を含めたすべてがちょうどいいといえるかもしれない。

そして、ビーチである。「このホテル、やるなぁ」と感じたのは、宿泊棟のあるエリアからビーチへとアプローチする間の演出だ。白い壁に囲まれ南洋植物がうっそうと茂る小路を抜けると、そこには突然どかんとホアヒンの海岸が広がる。オーシャンビューの部屋もそれはそれで素晴らしいが、僕はこのような思わせぶりなディレクションに軍配を上げたくなってしまう。では海の方はどうかといえば、これはもう絶賛するしかない。砂浜は広く長く続き、まるで空から天使でも降ってきそうな佇まいだ。こんなにゴージャスな砂浜は久しぶりに見たような気がする。早朝、東向きのビーチからは南国の朝陽が昇り、聞こえるのは鳥の鳴き声と穏やかで小さな波が砂浜を走る音だけ。この景色のちょうど反対側には、喧噪のパタヤビーチがあると思うと、「こっちにいて良かった」と思うのは僕だけではないはずだ。

僕がこのホアヒンから持ち帰ったものはこの海岸の記憶だけだ。その風景には匂いと音と光と、肌や足の裏がとらえた感触で、その記憶は“思い出”として心のどこかに残るはずだ。歴代のプリンスたちがこの景色を見て、何を思い何を夢見たのか。僕にはそれを知るすべはないが、そんなことを想像してみるだけで旅は断然面白くなり、知らぬ間に人生にオーバーラップしてくるのだから不思議だ。

吉田一紀



「The Standard Hua Hin」のエントランス。ロゴを逆さにしているのが粋

 
部屋のカードキーは木製。持ち帰りたくなほど可愛い


レセプションはオープンエア。こんな空間でチェックインできる


大きな窓、白とオレンジでコーディネートされた部屋。広いベランダが付く


白い壁の間を抜けて庭園へ入っていく




この木立の向こうにビーチが広がる


お洒落なビーチハウスがある。引潮になるとビーチはぐんと広くなる


ホテル専用のビーチチェアも用意されている


レストランは3つあり、これはビーチサイド。外のテラスでも食事ができる



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